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怪紀行青森・死の彷徨 八甲田山雪中行軍遭難資料館

怪紀行青森ガンダムカット

■『八甲田山』

どうも最東です。

「天は我らを見放した!」とは有名なセリフですが、出所を問われることはあまりありません。

それほど、この流行り言葉は浸透し、常用語化したのかもしれません。

あえてこのセリフの出所を紹介すると、映画『八甲田山』で主人公の神成文吉陸軍歩兵大尉を演じる北大路欣也のセリフです。

数メートル先も視認できないほどの猛吹雪、右も左も後ろも前も、天地でさえ白、白、白の世界。まさに白銀の地獄と化した八甲田山で、抗えない死を前に叫んだ言葉でした。

映画『八甲田山』では実際の、豪雪の八甲田山で撮影しており、その映像は壮絶で、本当に遭難しているのではないか、これは本物の当時の映像なのではないか、と疑ってしまうほど迫真の映画です。

最東は数年前にこの映画をスクリーンで観ることができました。

それがきっかけで、この遭難事故のことを調べたり、本を読んだり、ググったりしていました。

当然、そうなると青森の八甲田山の麓にある『八甲田山雪中行軍遭難資料館』が気になるというものです。

そうして時が経ち、青森の地に降り立った最東はついにやってきました。

■史上最悪の雪中遭難事故

映画『八甲田山』では、〝八甲田山雪中行軍遭難事故〟という実際に起こった遭難事故を題材にしています。

今回、やってきた八甲田山雪中行軍遭難資料館は、その事故についての資料館です。

八甲田山雪中行軍事故、というのはいったいどういう遭難事故だったのでしょうか。

日清戦争で冬季寒冷地戦闘で苦戦を強いられた経験から、日本陸軍はロシアを仮想的としてさらなる厳寒地での戦闘を想定した冬季訓練を行うことにしました。

実際に日本は日露戦争へと進んでいくのですが、雪の中での戦闘は喫緊の課題だったわけです。

そこで本州でもっとも条件が近いとされる八甲田山が訓練地に選ばれ、青森歩兵第5連隊と弘前歩兵第31連隊がそれぞれ雪中行軍を行うこととなりました。

このふたつの部隊は対照的で、青森歩兵第5連隊は210名という大編成なのに対し、弘前歩兵第31連隊は38名(うち一名は従軍記者)の少数精鋭という陣営でした。

そのほかにも青森歩兵第5連隊は1泊2日の予定でしたが、弘前歩兵第31連隊のほうは11泊12日という行軍予定でした。これは行軍の距離によるもので、弘前歩兵第31連隊は224キロにも及ぶ距離だったからです。

しかし、悲劇は青森歩兵第5連隊に起こりました。210名のうち、実に199名が死亡する未曾有の遭難事故となったのです。

■後藤房之介伍長の直立像

映画『八甲田山』を観てから、この遭難事故に興味が湧き、ちょくちょく調べてきました。

それでわかったことといえば、映画『八甲田山』は人物の名前や物語に若干の脚色はあるものの、概ね史実に忠実に作られているということです。

要は「詳しくは映画を観てね💛」と言いたいわけですが、それではこの記事をここで「完」とピリオドを打たなければならないので、めんどくさいけどさらに深く説明します。

先述のとおり、210名の大編成で雪中行軍に挑んだ青森歩兵第5連隊は結果的に199名の死者を出す大惨事となりました。

では一方の弘前歩兵第31連隊のほうはどうでしょう。

こちらはなんと誰一人の死者も出さず、予定通りに行軍を完遂しています。

なにが明暗を分けたのでしょうか。

かたや210名の大編成、かたや38名の少数精鋭。

単純に人数の問題もあるのですが、端的にいえば大きな要因はひとつ。

雪山を舐めていたか否か、という一点につきます。

弘前歩兵第31連隊は準備を徹底し、凍傷予防や雪山装備、さらには冬の雪山についての情報収集や地元民の案内人を雇うなどをして、万全を期していました。

青森歩兵第5連隊のほうはというと、1泊2日という短期行軍というスケジュールもあり、全体的に今回の行軍を軽視している向きもあったといいます。

特に今回の行軍指揮は、神成大尉にあったにもかかわらず、階級が上の山口少佐が帯同することとなり、指揮系統に乱れが生じたことも一因でした。

それにも増して、ソリ14台という荷物の多さも仇となり、これが結果的に行軍の足枷となったのです。

弘前歩兵第31連隊と違い、どうして青森歩兵第5連隊はこういった不備に気が付かなかったのでしょうか。

それはただただ、『雪山の知識の有無』の一言に尽きます。

弘前歩兵第31連隊のメンバーには雪山の恐ろしさを身をもって知るものが多く、十分な備えをしていったこと。対して青森歩兵第5連隊には、雪山に慣れたものが皆無でした。

それに1泊2日という短期行軍の予定も重なり、冬季の雪山に対する認識に大きなズレがあったといって間違いないでしょう。

今から見るととても雪山に挑むとは考えられないような軽装だったことがわかります。

さらに携帯している食糧も餅という固くて食べられないものだったり、(餅は火で温めて食べるつもりだったのですが、雪山では掘っても掘っても地面が見えず、火を起こすことができませんでした)大量の食糧を運搬していたソリは行軍の妨げとなり途中で投棄したため、早い段階で深刻な食糧難に陥りました。

暴風雪で前後不覚になり、進路不明になったことも不幸でした。

1泊2日の予定だったはずが、雪山で野営をすることとなり、10日を過ぎても青森歩兵第5連隊が帰ってくることはなかったのです。

進むか、帰営するか、2日目には帰営が決定したものの、帰るに帰れない状況が続きます。

雪に穴を掘って身を寄せ合い、立ったままじっと夜を過ごす……そんな状態で、体力が続くわけがありません。

凍傷で指が動かず、排尿もままならないため、ズボンの中で排せつ物が凍り、さらに体温を奪う悪循環。続々と死者が増えていきました。

青森歩兵第5連隊の遭難を受け、救援隊が捜索に駆り出されましたが暴風雪でろくに捜索できない日が続きます。

そうしてようやく天候が落ち着き、捜索が再開された5日目。

直立不動で立ったまま失神している後藤房之介伍長が発見され、青森歩兵第5連隊が遭難したことが確実となります。

その後、青森連隊、弘前連隊、仙台からも連隊を派遣し、延べ一万人で青森歩兵第5連隊の捜索と救援活動が行われました。

史上最悪の雪中遭難事故はこうして、明らかになったのです。

■悲劇を繰り返さない

八甲田山雪中行軍遭難事故の概要を知ると、「なんでそうなったし」と現代人は疑問に思うでしょう。

しかし、インターネットやその他通信手段が今のように発達していない、明治時代です。

雪山だけにのみならず、“ナニに対し、ナニが必要か”という情報が決定的に欠けていました。

さらに軍国主義だったことも不幸の連鎖を呼びました。

上官の言うことは絶対の組織の中で、下士官は命令に従うのみ。ある意味、上官を信頼しきっていたため、なにも疑わずに雪の地獄へと赴いたのでしょう。

行軍について、片道20キロの先にある田代温泉で「温泉に浸かるのが楽しみだ」と呑気に言っていた兵士も多かったと言います。

ですが、田代温泉は小さな村で、200人も泊まれる施設はありません。

なにもかも、情報が不足していました。

八甲田山雪中行軍遭難資料館にいくと、当時の装備が見ることができます。

ついつい「そら無理やろ」と笑ってしまいがちですが、情報のない当時では仕方のなかったことであり、天災でもありながら人災の側面の強い遭難事故でもありました。

彼らは間抜けでしょうか?

いいえ、いつの時代も自然を侮る人間が間抜けなのです。

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